死は二人称

 新年度早々に適した記事ではないかもしれないけど、最近、死について考えることが多くなった。そんなとき、とても合点が行く記事に巡り会えた。

 それは3月26日の毎日新聞、養老孟司さんへのインタビュー。

 自身の病気や死ぬことは、自分という一人称ではなく、「二人称」の問題なのだという。

「死ぬのもそう。自分が死んでも本人はちっとも困らないんだけど、面倒になるのは周りの人間でね。葬式から何から考えないといけない。若い人は生き死には自分の問題だと思っているかもしれない。でも私が死んだとき、私はそこにいませんから。二人称、親しい人の問題です」

 例えばボクが今、死んだとするよね。そうすると大変なのは残されたツマや子どもたちで、ボクはあちらの世界に旅立つだけ。それに母が北海道でがんばってひとり暮らししてるのを知ってるので、その母を悲しませたくはない。だから母よりも長生きしなきゃいけないと思ってる。

 よく理想的な死に方で、苦しまずにポックリ逝きたいっていう考え方があるでしょ。ボクも苦しいのはイヤだけど、ポックリ逝くのはタイミングによっては突然死だから、残された人にとっては心の準備ができていないかもしれない。だからボクは草が枯れるように逝けたらいいなって今は思ってる。

 父は元気だった頃、寝たきりで生き長らえるのはイヤだと言ってた。けれども結局、四年半近く寝たきりが続いた。おかげで母も兄もボクも心の準備ができていたから、悲しかったり寂しかったりする気持ちはあっても、父の死自体は受け入れることができた。

 だから災害や事故なんかで愛する人を亡くした人は本当に辛いと思う。朝、行ってきますと家を出た人が帰って来ないだなんて、辛すぎるよね。

 ボクの父が家に帰る途中に、家のすぐ近くで倒れ頭を強打したとき、本当はそのまま逝っても不思議ではなかったのだけど、母やボクたちのために生き長らえてくれたんじゃないかなって思ってる。

 あんまりビックリさせて、母が病んだらかわいそうだから、ちゃんと母が看病する時間を作って、母が元気になりひとり残されても大丈夫なときまで待ってくれてたんだと思ってる。

  やっぱり死は二人称。

  だからボクはボクを必要としてくれる人のために、これからも元気にその日まで生きていこうと思ってます。

<追伸>
 3月31日をもってブログ開設11年になりました。12年目と言えば干支ひとまわり。危ない時期もありましたが、もうしばらく続けてみようと思ってます。



写真は庭に咲いたシャガ

IMG00077.jpg

 春ですね(^-^)

 今日も皆さまの周りが笑顔でいっぱいになりますように(願)



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この記事へのコメント

2021年04月14日 13:28
うん、なるほど。これは一本やられました。悟ったつもりで、俺はぴんぴんころりと行きたい。皆に迷惑かけたくないから終活もきっちりやる。西行のように「願わくば花の下にて春死なん その如月の望月の頃」を理想としてきました。が、送ってもらう人たちの心までは深く考えていませんでした。反省です(^^;;
2021年04月07日 14:46
ブログ開設11年おめでとうございます。
今月から12年目スタートですね〜♪
いつも(こっそり)お邪魔して、人生勉強させていただいたいます。(*^o^*)
自分を必要としてくれる人の存在は嬉しいですね!
これからもお身体に気をつけて頑張ってくださいね。
2021年04月03日 13:06
さすが養老孟司さん。
素晴らしいお考えですね。
というより、この場合は、ご自身の
様々な別れの体験から導き出された
「人生智」とでも呼べばいいでしょうか。
本当に「死」とは、残された者の
心の問題だと言えるのかも知れません。
ブログのお誕生日、おめでとうございます。
これからもよろしくお願いします。

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